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究極の武士道「葉隠」に学ぶ人材管理術!~葉隠武士は部下をどう動かし、どう生かしたのか?~

コラム
 新渡戸稲造によって世界に紹介された日本の武士道。日本国内のみならず、欧米の政治家・思想家にも影響を与えたと言われています。その武士道を語る上で欠かせない名著が鍋島藩(現・佐賀県)の武士が記した「葉隠」。葉隠は「武士道とは死ぬことと見つけたり」というセンセーショナルな文言が独り歩きし、前時代的な印象を受けがちですが、実はそれはほんの一部分。大部分は名君として知られる初代藩主勝茂(1580~1657)の藩経営や人材活用の様子を記録したものなのです。
■まずは部下を『分類』
 鍋島藩の初代藩主・鍋島勝茂の人材活用術の原点は、とにかく部下を良く観察することでした。そしてじっくりと各自の働きぶりを見極めた上で、部下たちを以下のように分類しました。

・急だらり……飲み込みは早いが、手を付けるのが遅い
・だらりだらり……飲み込みも遅く、仕事も遅い
・だらり急……すぐに納得しないが、いったん納得するとあっという間に仕事を片付ける
・急急……飲み込みも早く、仕事も早い

 勝茂は「急だらり」には急だらりに向く、「急急」には急急に向く仕事を割り振ることで、各自が自分の能力を生かせるように配慮したのです。

■有能な管理職の見分け方
 また、勝茂は若い部下を育てる中間管理職の役割を重要視していました。中間管理職の素質の有無を試した次のようなエピソードが残っています。ある時、AとB二人の若者の私行が悪いという噂を聞いた勝茂。そこで、まずAの上司を呼び出して「おまえは部下のAについてどう思うか?」と聞きました。Aの上司の答えは「酒好きで遅刻も多く、いろいろと欠点がございますが、仕事にかけてAほど優秀な人間はいません。いつまでも手元に置いていたいと思います。」次にBの上司を呼び出し、同じように「おまえは部下のBについてどう思うか?」と聞いたところ、Bの上司の答えは「Bは仕事こそよくできますが、遅刻はする酒は飲むはで手を焼いています。ああいう人間がいますと他に示しがつきません。どうか左遷して下さい。」

 AとBには「仕事ができる」「私行が悪い」という共通点があります。Aの上司は部下の長所=「仕事ができる」を前面に押し出しましたが、Bの上司は部下の短所=「私行が悪い」を強調しました。これを聞いた勝茂は後日、人事異動を発表。左遷されたのは、B本人ではなくBの上司でした。勝茂はAの上司には部下に対する「愛情」があるが、Bの上司にはないことを指摘。部下を突き放すような人間に管理職の資質はないと判断したのです。これを聞いたAとBが感激し、私行を改めたのは言うまでもありません。

■中高年社員の活用法
 勝茂が活躍した時代は、戦場で銃が本格的に使用されるようになった時代。刀や槍で戦ってきた中堅以上の武士は、いささか時代遅れの感が出てきました。勝茂の父・直茂の家臣だった齊藤用之助もその一人。直茂が現役のころは、彼の御意見番として活躍していましたが、勝茂の代になるとご意見番としても戦場の一兵士としても重要視されなくなり、無聊をかこっていたのだとか。すると、藩の中から『役に立たない者をぶらぶらさせておくのは無駄だ。齊藤に銃の訓練をさせて少しでも役に立つようにしてはどうか』という意見が出てきました。そこで勝茂は齊藤を若者たちと同じ銃の訓練チームに入れてみます。しかし齊藤は全く訓練に身を入れず、むしろチームの足を引っ張るように・・・。

 困った勝茂は父・直茂に相談。直茂は言下に「齊藤ではなく人事が悪い。経験豊富で老練な齊藤を、若者と同じように訓練したのでは齊藤の立つ瀬がないではないか」と勝茂を諌め、齊藤を藩の「相談役」のようなポジションに異動させました。なるほど、現代で言うと部長クラスのベテランに新人社員と同じ研修を受けさせるようなものですから、無理があろうというもの。直茂は、部下を年功や素質に関わりなく一律に教育しても意味がないのだ、と指摘したのです。ちなみに自分の得意分野で力を発揮できるようになった齊藤は、この後、直茂の愛情ある人事に感謝し、自ら進んで銃の訓練に邁進。ついには銃の名手として知られるようになったということです。

 直茂・勝茂親子の人材活用のキーワードは「愛情」でした。葉隠を読むと、リーダーや上司からの愛情を感じた部下たちが組織にとって、いかに有効な存在となるかがよくわかります。今を生きる私たちにもヒントが満載の葉隠、ぜひご一読あれ!