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夏目漱石の仕事論~あなたの仕事は『職業』?それとも『道楽』?~

コラム
 明治の文豪、夏目漱石(1867~1916)。名誉ある博士号の授与を辞退、帝大教授の職も辞して作家としての道を選んだ漱石は、自分の「好きなこと」を仕事にした人物でした。そのためお金や名誉に無頓着な芸術家と言うイメージが強いのですが、実際には『文学も商売(ビジネス)だ』と言い切り、自分の仕事に対する報酬を几帳面に請求したと言われています。文学者としてもビジネスマンとしても成功したと言える漱石は、どのような理念を持って仕事に取り組んだのでしょうか?
■仕事と報酬
 漱石の職業観を顕著に表すものの一つに、彼が出版社へ要求した「印税」があります。実は漱石は印税を要求した日本で最初の作家。しかも文壇で名声を得た後ではなく、デビュー当初から出版社に印税契約を取り付けていました。自分の仕事に見合う報酬はきっちり、がめついまでにもらう。漱石のこの文豪らしからぬ行動は、彼独自の仕事論からくるものです。

■人のために働く

 漱石の仕事論を知る上で、貴重な資料とされるのが明治44年に明石市で行った有名な講演「職業と道楽」です。この講演で漱石はまず、仕事とは基本的に「人のために」するものであるという考えを明らかにしています。仕事とは自分が他人より抜きんでていることを他人のためにしてやることであり、逆に自分自身のできないことは、他人が仕事として補ってくれると漱石は考えました。他人を使って自分の不足を補うためには、他人の仕事を買うだけの資金がいる⇒その資金を稼ぐには自ら働くしかない⇒人のために働く量が多い人ほど(多く働いて収入が多い人ほど)他人を自分のために活用できるというわけです。彼の言葉を引用すれば「人のために千円の働きができれば、己のために千円使うことができる」ということ。だからこそ、漱石は自分の仕事の対価にこだわったのでしょう。

■職業と道楽

 しかし、「人のために」する仕事では、大概、自分自身よりも他人の思惑が尊重されてしまいます。漱石にはここが問題でした。自分の価値観を表現するはずの文学も、それを仕事にした場合、他人=読み手に喜ばれる内容を書かざるをえなくなるからです。そこで漱石は仕事を①職業と②道楽に分類します。

①職業=人のためにする仕事
②道楽=自分のためにする仕事

その上でこう述べます。「いやしくも道楽である間は自分に勝手な仕事を自分に適宜な分量でやるのだから面白いに違いないが、その道楽が職業と変化する刹那に今まで自己にあった権威が突然他人の手に移るから快楽がたちまち苦痛になるのはやむを得ない」。

 漱石に限らず、現代を生きる私たちにとってもこれは深刻な問題です。私たちも仕事を選ぶ際には多かれ少なかれ、自分の好きなことや得意なことを軸にするもの。しかし実際にそれを仕事としてみると、自分よりも他人=顧客の意図や好みが尊重されるケースがほとんどだという現実に突き当ります。
 この点について漱石の解決法は見事です。「私自身を本位にした趣味なり批判なりが、偶も諸君の気に合って、その気に合った人にだけ読まれ、彼らから物質的な報酬を得つつ今日まで押してきたのである」。漱石の道楽はそこに価値を見出す人を獲得したことによって、職業になりえたのです。

 翻って私たち現代のビジネスマンはどうでしょうか?「自分のために働く」という意識、そして仕事を自己実現の手段ととらえる傾向が年々強まっているようです。果たして「職業」と「道楽」をきちんと分類できているでしょうか?「職業」を自分のための「道楽」にしてしまってはいないでしょうか?時には漱石にならって自問してみしょう。思わぬ気づきがあるやもしれません。