【人事評価は自腹!年収格差400倍!】
意外とキビシイ、古代の人事制度とは?
古代の官僚も人事評定に戦々恐々? 大化改新を経て、誕生したわが国初の律令制国家。この古代国家は実に組織的かつ綿密な官僚人事管理制度を備えていました。当時の官僚たちの中には、かの万葉集に歌を残したほどの風流人もいて、どこか優雅な印象がありますが、意外や意外。彼らを取り巻く人事制度は実に厳しいものでした。
まず驚くのがその待遇格差のすさまじさ。現在の「等級」にあたる「位階」は天皇への忠誠度・勤務状況などによって30に分かれ、最高位である正一位の年収は現在の貨幣価値で約2億7000万円。一方最下位の等級「少初位」の年収はわずか60万円ほど。両者の開きはなんと400倍超!
今日とは比べ物にならない「格差社会」だったことがうかがえます。
そして職を維持し続けることが、これまた大変。「考課」と呼ばれた当時の勤務評価は実に厳しいもので、以下のような規定がありました。
・常勤官僚は年間240日以上の勤務を4年間続けないと評価対象にならない
・書類作成費など評価にかかる費用は評価を受ける本人の自腹
・運よく4年連続で「中」以上の評価を得られたとしても、せいぜい1階級しか昇進できない 等々。
しかし、厳しい評定が行われるということは、その分本人の実力や努力が正当に評価される人事システムだったということでは?と思いきや…、決してそんなことはありませんでした。
「キャリアとノンキャリ」に通じる古代人事の「壁」! なぜならこの古代人事には「家柄」という高い壁があったからです。どの役職に就けるかを決める等級「位階」は家柄によって決まっており、家柄が低い者はどんなに有能でも、一定以上の位階(高級官僚である正五位以上)には上れない不文律がありました。
既得権益の存続願望は人の世の常ということでしょうか、官僚は役職を世襲していたのが実情で、正五位以上の父親を持つ子には自動的に位階が与えられました。しかもいきなり中間管理職級の正八位あたりを与えられ、父親と同等の位階までスムースに昇進できたのです。
そもそも最初のスタートが圧倒的に有利で昇進も約束されていたというわけ。なんだか現在の官僚の世界における「キャリアとノンキャリ」を彷彿とさせる話です。
中国の「科挙」のような学力試験制度があれば有能な人物を発掘、登用できたはずですが、日本で学力試験が一般化したのは明治以降。このため歴史的に見て日本の人事には大抜擢が少なく、家柄という「壁」で守られた狭い世界でしか人事が機能しない情況が長く続いたのです。
また、現在でも官僚や会社組織の人事に残る不思議な二重構造、つまりある等級に達しないとある役職につけないというシステムは、まさに「位階」によって役職が決まった古代の「官位相当制」そのもの。千数百年を経て権力構造そのものは大いに変化を遂げたにもかかわらず、人事制度の大もとでは古代の遺産を脈々と引き継いできたのです。このことこそ、日本の人事、最大の特徴と言えるでしょう。


